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東京高等裁判所 昭和29年(う)2315号 判決 1956年5月15日

控訴人 被告人 定森季夫 外二名

弁護人 内藤亥十二 外三名

検察官 軽部武

主文

原判決を破棄する。

被告人長瀬稲作を懲役一年に、被告人小林昌治を、懲役八月に、被告人定森季夫を、懲役六月に処する。但し被告人等に対し本裁判確定の日から各一年間右刑の執行を猶予する。

原審竝に当審における訴訟費用中、原審証人広瀬和京、同三井篤夫(昭和二七年一月二八日支給分)、当審証人三橋三朗に各支給した分は、被告人長瀬稲作の負担とし、原審証人佐藤輝雄に支給した分は被告人小林昌治の負担とし、その余の部分は全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の被告人定森季夫の弁護人内藤亥十二、被告人長瀬稲作の弁護人田多井四郎治、被告人小林昌治の弁護人古屋福丘、同池田克提出の各控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

被告人長瀬稲作の弁護人田多井四郎治の控訴趣意其一、の第二、被告人小林昌治の弁護人古屋福丘の控訴趣意第一、二点、同被告人の弁護人池田克の控訴趣意第二点の二、について。

背任罪の成立は他人の為め其事務を処理する者に、自己若しくは第三者の利益を図り、又は本人に損害を加える目的のあることを要することは所論のとおりである。しかし原判決が判示第一、の事実認定に引用する原審証人広瀬寿、同乙黒久治、同藤巻仁水、同岡田実の原審公判廷における供述、被告人小林の司法警察員竝に検察事務官に対する各供述調書、押収にかかる直営生産丸太売払についてと題する書面の一綴(原審昭和二五年押第一八一号の五)の存在竝に記載によれば被告人小林の経営するパルプ工場は昭和二四年八月当時、原木の不足等の事情のため休業状態にあつたところ、同被告人は当時山梨県会議員の地位にあり、しかも林務部常任委員として恩賜林産物である素材丸太が滞貨している事実を知り、そのうち白檜をパルプ用材として使用することを林務部恩賜林課長であつた被告人定森に諮り、同被告人の協力を得て先づ塩山林務署管内の塩山土場に集積されていた白檜を自己の経営するパルプ工場において試験的にパルプ用材として使用したがその白檜は腐蝕度が進んでいたため成績不良に了り、更に同被告人の使用人の言により塩山土場より山元に近い同署管内杣口土場には良質の白檜が集積されていることを知り、同年八月中、被告人定森、同長瀬等と共に杣口土場の現場に臨み同所に集積されていた白檜を調査した結果、同所の白檜は、塩山土場における白檜よりも良質のものであることを確めたので、これを買受けることとし、代金後払の約でこれが引渡を受けたもので、被告人小林の引渡を受けた本件白檜は、当時杣口土場に集積されていたもの、及び同年八月以降恩賜林から伐採された素材白檜であり、その品等は一等乃至三等級であつて、被告人小林はこれを全部自己の経営する工場においてパルプ用材として使用しその製品を他に売却していることを認めることができるのであるから、被告人小林に対する本件白檜の売渡が代金前払の手続を経ないで行なわれたのは、主として被告人小林の利益を図る目的の下に行なわれたものといわねばならないし、原判決が判示第一、事実の認定に引用した被告人等の各供述調書によると、被告人等にはいづれも本件白檜の売渡が代金前払の手続を経ないで行なわれるのは主として被告人小林の利益を図る目的に出でたものであることの認識があつたことを認めることができるのである。所論のように戦時中伐採された恩賜林産物である素材丸太が滞貨され腐蝕状態が甚しかつたため、山梨県議会林務部常任委員会が開かれる度毎に、その早期処分が論議され山梨県当局もその早期処分を念願していたものであり、被告人小林が本件白檜を買受けたことにより白檜の滞貨が解消した事実があるとしても、原判決が判示第一、の事実認定に引用した証拠によると、被告人小林に対する右白檜の売渡による滞貨の解消は被告人等の従たる目的であり、被告人小林に対する売渡に伴う反射的効果として、それだけ滞貨が解消することを認識していたに過ぎないことを認めることができるのであつて、被告人小林が前記のように代金前払をしないで前記の事情にあつた自己経営のパルプ工場のパルプ用材として一五九八石七斗一升に及ぶ多量の数量の白檜の引渡を受けた所為が、専ら林務行政に協力することによつて本人である山梨県の利益のみを図り同被告人の利益を図つたものではないとは到底認められない。又背任罪における財産上の損害を加えたるときとは、財産上の実害を発生させた場合だけでなく財産上の実害発生の危険を生じさせた場合をも包含し、任務違背行為によりかかる財産上の実害発生の危険を生じさせた場合にはその任務違背行為の終了と同時に背任罪の成立をみるものと解すべきものであるから、被告人長瀬が前記のように代金前払の規定に違反して代金未収のまま本件白檜を被告人小林に引渡した本件においては、その代金取立が可能であると否とにかかわらず代金を完納させることができるか否かの危険を本人である山梨県に負担させたものといわねばならない。現に被告人長瀬稲作の司法警察員に対する供述調書、押収にかかる直営生産丸太売払についてと題する書面一綴(原審昭和二五年押第一八一号の五)の存在並に記載によれば、被告人小林は代金前払をしないで引渡を受けた本件白檜について昭和二四年一一月一〇日、三四九石六斗八升分の代金一六万八五二円八〇銭、同年一一月二一日四一九石四斗一升分の代金一九万二九二八円六〇銭、同年一二月二二日三六四石二斗二升分の代金一六万七五四一円二〇銭、昭和二五年二月二日一六七石四斗四升分の代金七万七〇二二円四〇銭を納入告知書により請求されたにもかかわらず納入告知書所定の期限を徒過してこれが支払をせず、被告人長瀬は昭和二四年一二月と昭和二五年一月中に公文書によつて代金の支払を督促し、昭和二五年二月以降同年四月までの間部下職員をして七、八回に亘りこれが支払を督促させたが依然支払なく、その間被告人小林が担保として差入れた秋山正男振出米山泉宛金額四五万円支払期日昭和二五年三月三一日支払地甲府市支払場所山梨中央銀行の約束手形一通は支払期日に不払となり、被告人長瀬はこの代金取立に苦慮したことを認めることができるのである。そして被告人小林昌治の司法警察員竝に検察事務官に対する各供述調書、山梨県知事名義の甲府地方検察庁宛昭和二五年五月二〇日附書面(記録第八六丁)によれば被告人小林は代金前払をしないで被告人長瀬から本件白檜の引渡を受けた所為について、背任の容疑で司法警察員の取調を受けた後である昭和二五年五月一六日漸く本件白檜の買受代金全額を一時に納付したことが認められるのであるから、所論のようにその支払のあつた五月一六日は昭和二五年五月三一日とされている山梨県の昭和二四年度出納関鎖日以前であるとしても、被告人等が本人である山梨県に対し本件白檜の代金支払につき実害発生の危険を生じさせたことにはかわりなく、しかも被告人長瀬が代金未納のまま本件白檜を被告人小林に引渡すことは右のような実害発生の危険を本人である山梨県に生じさせるものであることは被告人等の当初から認識していたものと認めるべきことは事理の当然であるから、被告人等は共謀の上被告人長瀬の任務違背の行為により本人である山梨県に損害を加えたものといわねばならない。従つて被告人長瀬が任務に違背して本件白檜を被告人小林に引渡した行為の終了の日である昭和二四年一二月二五日成立した被告人等の背任罪の刑責は被告人小林の昭和二五年五月一六日にした代金完納により影響されるものではない。しからば被告人等が被告人小林の利益を図る目的で本件白檜を同被告人に引渡し山梨県に損害を加えたとの原判決認定事実につき事実誤認を主張する論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

被告人長瀬稲作の弁護人田多井四郎治の控訴趣意

其の一の第二 被告人長瀬稲作は被告人小林昌治の利益を図る目的で山梨県に損害を与えた事実はない。抑も、背任罪は他人の為め其事務を処理する者自己若は第三者の利益を図り又は本人に損害を加うる目的を以て其任務に背き本人に財産上の損害を加えたるときに成立する犯罪である。本件に於て長瀬被告人が山梨県の為め其事務を処理する者であることに付ては争ひない。併し本理由書第一に於て解説した通り長瀬被告人は梶木林務部長、定森恩賜林課長と小林昌治との三人で恩賜林伐採の素材をパルプ用材として使用することに付てなした協議に参加した事実はないのであるから長瀬被告人に関する限り同人が小林被告人の利益を図るとか、長瀬被告人の利益を図るとか、又は山梨県に損害を与うる目的で任務に背くと云うが如き事実を認める余地はない。何ぜならば前記協議は被告人長瀬が定森恩賜林課長から指令された前に決定成立して居つたものである。尤も被告人長瀬が法規上の形式に根拠すると見方によつては同人が塩山林務署長として其管理下にある素材売渡に付其任務遂行上怠慢したと云い得るかも知れないが此怠慢の事実は被告人長瀬が自己若は第三者の利益を図り又は本人即ち山梨県に損害を加うる目的を有した事実を肯定する証拠とはなし得ないこと多言を要しない。何ぜなれば任務の怠慢と背任とは全然其性質を異にするものであるからである。加之仮りに被告人長瀬に小林被告人の利益の為め山梨県に損害を加うる意思あつたとせよ。然らば被告人長瀬も小林被告人に対し物質上の利益を求むるとか又は飲食の饗応を受けたと云う様な事実があるべき筈である。然るところ本刑事記録の全般を通じ斯の如き事実を認め得る材料は毫もない計りでなく現に長瀬被告人は当初から之れを否認して居る。現に定森被告人は甲府地方検察庁の調べに対し、「(1) 山梨県庶務規程中の事務分掌に基いて部課長の裁決を許されて居る範囲内に於ては独断が許され其部所属関係者を指揮監督が出来る。従つて各林務署に対しては私が指揮監督権を有する。(2) 昭和二四年度当初は塩山林務署長を指揮する権限がなかつたが同年六月八日県会計規則が改正になつた後は其権限がある。(3) 私が口添えした為め塩山林務署長も代金支払前に引渡したものと思い責任を感じて居ます」と述べ、又小林昌治被告人も甲府地方検察庁の取調べに対し、「(1) 問題の素材払下は二四年八月初旬頃部長室で部長、課長、私の三人で具体的になつたものである。(2) 昭和十九、二十、二十一年の三ケ年間に伐採した直営素材が沢山あり販売に困つて居るから之れを活用して貰う方法はないかとの話あり夫れで之れがパルプ製造用に使用出来るか試験する気持になつた。(3) 第一回の試験の結果は悪かつたが工場長岡田が素材引取に行つた時の報告によれば現場にはもつと良い品があるとのことで現場へ見に行くことになつた。(4) 小林の工場では一月毎に経理をして居るので可成分割払にして貰いたいとの申出をした。定森課長はマー良いでせう、可成早く入れてくれませんかと言うて承知して呉れましたが、夫れは私の地位と私の財産とに対する信頼感から承諾してくれたものと思います」との供述記載がある。斯様に係争の素材払下代金支払を前払とせず後払にしたことも小林被告人と定森恩賜林課長との合作であつて長瀬被告人は之れにつき指令を受けたに過ぎないこと明瞭であろう。果して然らば少くとも長瀬被告人は上司よりの通達を其侭受入れたのに過ぎないのであり、而も此通達受入は前記の素材払下代金を後払にする契約成立後のことであるから長瀬被告人には本件背任行為に付相被告と共謀したとか小林被告人の利益を図ると云うが如き計画を為す余地ないこと自明の理である。

被告人小林昌治の弁護人古屋福丘の控訴趣意

第一点原判決は事実の誤認と法律の解釈を誤つた不当の判決である。背任罪の成立には自己若くは第三者の利益を計る意思があること、又は本人に損害を加える目的のあることが必要である。原判決は「被告人等三名は共謀の上被告人小林の利益を図る目的で」と判示しているが、挙示の各証拠によつては小林被告人の利益を図ることを目的として、本件の払下をしたと認定するのは証拠不十分である。むしろ、本件立木の払下は立木が戦時中から滞貨されていた為、腐朽状態甚だしくその早期処分につき山梨県議会林務部常任委員会が開かれる度に当事者は吊し上げを喰う始末で県当局としては早期処分を念願としていたものであり、被告人小林はパルプ業者としてその滞貨中の白檜がパルプ材に使えるか試験的に引取つて使つてみようと云うことで、然し代金は公正な価格で払下手続で引取つてみたのであり(昭和二十八年十一月十一日公判期日被告人小林の供述)むしろ、山梨県の利益のために白檜の滞貨を解消するのが主たる目的であり林務部常任委員として自己の個人の職業上より林務行政に協力した行動である、この事実関係は同日の被告人長瀬稲作の供述昭和二十八年九月十六日の公判期日における被告人定森季夫の供述原審の証人小沢三郎・米沢良知・梶木治郎・小野壮作・内田大作・小田切彰等の各証言、被告人定森季夫の司法警察員に対する第一回供述調書中第八項・第九項の記載同人の検察事務官に対する供述調書中第五項・第六項・第七項・第九項の記載等により極めて明白のことである、従て被告人小林の払下を受けた行為は自己の利益を図るのが目的ではなく山梨県の利益を図る目的に出でたものである。従て本人たる山梨県に損害を加える目的など全然なかつたものである。よつて原判決はこの点に於て重大な事実の誤認があり破毀を免れない。

第二点原判決は「本人である山梨県に対し金七十三万五千四百六円六十銭の損害を負わし」と判示した上財産上の損害を加えた旨認定したが、これまた事実の誤認と法律の解釈を誤つた不当の認定である、そして原判決は背任罪における財産上の損害を加えたるときとは財産的損害を加えた場合だけでなく財産的実害発生の危険を生ぜしめた場合をも含むものと解すべく、代金前納の規定に違反して代金未収のまま売却現物を引渡した本件においては、未収代金を果して完納せしむることができるか否かの危険を本人たる県に加えたものといわねばならぬと判示した本件において、代金が現物引渡前に納入されなかつたことは事実であるけれども取引の行われた昭和二十四年度の山梨県の出納閉鎖期日たる昭和二十五年五月三十一日以前に代金の全額を納入しており、その納入は山梨県の昭和二十四年度の歳入として有効である。

なお、本件においては代金の納入が遅延したために県の金庫金に一時的不足を生ぜしめて県の支出に支障を生ぜしめた事実もなく、更に或は代金納入の遅延による県の歳入の不足のために県が追加予算によつてその不足を補つたと云う如き事実も全く存じないところであり、これ等の点において「本人に財産上の損害を加えたる」事実はないものと解すべきである。原審証人岡田吉光(当時の山梨県出納長)の証言は右事実につき全面的に援用せらるべきである。而して本件の取引は山梨県の利益を図つて為されたものであることは第一点所論のとおりであり、結果的にみて山梨県のために利益であつたことは木材の価格統制が昭和二十五年一月解除となり(証人梶木治郎証言)その後価格は公定価格以下に低落し、価格の面においても高価に処分せられたうえ永年滞貨に悩んでいた杣口土場の木材を一掃し(若し小林被告人が払下を受けなかつたなら昭和二十四年度内には売払処分がなされずそのままに滞貨されていたに相違ないのである)山梨県に両面から利益をもたらしたものである、証人熊谷利三郎・梶木治郎・丹羽貞一等の証言によれば右の事実は極めて明白であり、特に当時山梨県林務部長であつた証人梶木治郎は「林務部長として本件の材木が昭和二十四年度に払下になつたのは結果としてよかつたと思うか」との問に対し「よかつたと思います、理由は腐蝕の進行している木材を早く処分するのは当然です、木材価格がじり安の状況にあつたので幾分でも高値で売れたのは好結果であつたとみてよいと思うからです」と証言し、これ等の証言からみて本件の払下は代金前納の規則に反したからと云つて、本人たる県に損害を加えたものではなく、むしろ利益となつているのであり原判決の事実は誤認であるか背任罪に関する法律の解釈を誤つたものであり当然破毀せらるべきものである。

被告人小林昌治の弁護人池田克の控訴趣意

第二点の二本件において、仮りに被告人等の現物先渡、代金後納の契約が山梨県会計規則等の規定に違反して任務にそむいたものとしても、被告人等の行為は、背任罪の他の構成要件を欠いているものであるから、この見地からも被告人等に対し背任罪の刑責を認めるべきものではないと思料する。

背任罪が成立するがためには、その行為が自己若くは第三者の利益をはかり又は本人に損害を加うる目的を以てなされたことを要件としている。従つて、本人の利益のためになした行為は、背任罪を構成しない。このことは、つとに大審院の判例の存するところでもある(大正三年一〇月一六日判決)。本件はあたかもこの場合に相当しているのである。工場には素材が集積されたまま滞貨となつている。県林務当局者としては、その滞貨を一掃することの必要にせまられていたのであるが、如何に苦慮しても規則通りの売払処分をすることは業者の経済事情のために一般的には云うべくして行われ難いことであり、若し規則を盾に取つて居れば素材の滞貨は解消しないばかりでなく、腐朽腐蝕により県の財産的損失を増大せしめることとなる。それでは地方財政法第八条第二項(註四)の趣旨にもそわないわけで、即ち、被告人等は被告人小林の社会的地位及び経済的信用をも斟酌しつつ本人である山梨県の利益のために本件の契約をなすに至つたものである。このことは、被告人等の原審公判供述ばかりでなく、被告人等は捜査取調の当初より供述しているところである。例えば、被告人小林の司法警察員に対する供述調書第五項及び副検事に対する供述調書第六項には、「自分が最初本件について定森恩賜林課長と話合つたのは、昭和二十四年八月初旬頃のことで、林務部長室で同課長、梶木林務部長と三人で具体的な話合をしたのである。その内容は、県で昭和十九年、二十年、二十一年の三年間に伐採した直営素材が沢山あつて販売に困つているから、これを活用してもらう方法はないかと云う趣旨で、自分も当時工場でそれを利用してもよいと考えたので、試験的にパルプの原木として使用して見ることに決めたのである」趣意の供述記載があり、又、被告人長瀬の司法警察員に対する供述調書第一九項には、「自分は木材処分の促進と県の収入と増収と云う考からいたしたまでで決して小林に利益を得させようとしたものではない」趣意の供述記載があり、更に同供述調書第一八項及び第二二項には、「当時一般に金融状況が逼迫していて、業者としても物件引渡前に代金の納入が困難であつた」「自分は小林を最初から信用していて現在でも必ず八十五万円は徴収できると云う確信をもつているので、代金未納の場合を考えていない」趣旨の供述記載がある。又、被告人定森の司法警察員に対する供述調書第八項にも、「昭和二十四年八月頃、県議会の林務部常任委員会が林務部長室で開かれたとき常任委員の人達が塩山町の土場にある丸太材は県で相当費用をかけて伐採したものであるのに滞貨して腐つて来るものがある実情だが、早く払下をしたらどうかと云う話があり、常任委員として出席していた小林が同人の経営するパルプ工場でそれを使つて見てもよいと云つた」という趣意の供述記載があるのである。もとより、これらの供述記載は検挙直後の捜査取調のことであるから、極めて不十分なものであり、意をつくしていないであろう。然し、前記(註三)に引用した証人等の原審公判においての供述記載を綜合すれば、意をつくしていない被告人等の供述が十分に充足されているところである。(註四)地方財政法第八条第二項は「財産は常に良好の状態においてこれを管理し、その所有の目的に応じて最も効率的にこれを運用しなければならない」と規定している。かように、本件は、背任罪の構成要件を欠いているのであるが、更になお、背任罪のもう一つの要件をもみたしていないのである。背任罪は、もとより故意犯であるから、任務に背いた行為によつて本人である山梨県に財産上の損害を加える認識のあつたことを必要としているものと云わなければならない。然るに、本件において、被告人等は山梨県に損害を加える目的のなかつたことは勿論、土場に集積した素材の滞貨を一掃することが、県の財産管理上滞貨のままにおくことよりも効率的な措置として、且つ代金後納の方法によることが事実的にも行われて来たところである。所属会計年度内に代金が納入されるならば、県に財産上の損害を加えることとならないものと信じていたのであるから、これらの問題においても、被告人等には故意の一要素が欠けていたものと認められるべきものである。被告人等の司法警察員又は検察官に対する供述調書には、あたかも背任の故意を存していたかの如き供述記載があるけれども、仔細に検討すれば、結果的に本人である山梨県の損失を生じたこととなると云うに帰着するのである。原判決は、この点においても重大な事実の誤認があり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されなければならないものと思料する。

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